ありあまる日常

何も感じていないようで、ありあまるほど感じていることがある日常を紹介

楽しかったことも嬉しかったことも感動したことも

良かったこと全てがなくなってしまうような、

悪い出来事。

悪いという言葉に含まれる内容が多すぎるから、

その内容については読んでいるあなたにお任せするが、

こういうときによく使う

「取り返しつかなくなる」

という言葉。

 

今までずっと関係が取り返しつかなくなるって思ってた。

これ関係だけじゃない。

まぁこんなタイトルなってるから分かると思うけど、

楽しかったこと。

嬉しかったこと。

感動したこと。

 

その人と、

その人たちと、

共有した全てのことが、

取り返しつかないほど、

思い出せなくなる。

 

それよりも強烈な、

悪い出来事を共有してしまったがために、

全ての良い出来事の記憶が消されてしまう。

 

逆に言えば、

良い出来事の記憶を鮮明に思い出せるのであれば、

まだ取り返せるということ。

 

それに良い出来事の記憶が消されたとしても、

悪い出来事しか思い出せなくなったとしても、

今から新しい良い出来事の思い出を作ればいい。

 

取り返せないかもしれないけど、

また作ればいい。

諦めない限り、

関係は取り返せる。

バカになれたらどんなに楽なことか。

ほんとアイツって悩みなさそうだよな。

あの人って何考えて生きてんだろう。

って思うことがあるんだけど、

そりゃもちろんアイツもその人も悩みもあれば、

いろんなことを考えて生きているんだけど、

もっと楽観的に生きれたら、

人生もっと楽なのになって。

 

いくら考えても、

どうしようもないことってあると思う。

明日や来週など、

未来のことを不安に思い、

悪い空想をしてしまう。

しまくってしまう。

で、

胃が痛くなる。

 

行動しないと何も変わらないのに。

ポジティブネガテイブとかの話なんだろうけど、

「ま、いっか」

って済ませれるようになりたい。

「どうしようどうしよう」

ってほんと自分でも煩いって思う。

 

ポジティブな人がバカって一括りにしてる訳ではないけど、

そういう人の方が実行力ある気がする。

 

そうすればいい。

そういう風に考えればいい。

考えたって仕方ない。

分かってるけど出来ないってなんなんだろうな。

 

性格?

性格ってそんなにすぐには変えられないって言うけど、

そういう問題なのか?

 

決断力?

諦める決断。

行動する決断。

無視する決断。

 

決断する一歩手前で、

選ばない方をいいんじゃないんかという不安を抱える。

何でもかんでも無難に生きてきた報いか。

無難という言葉は捨てないといけないな。

 

前のブログでも書いたな。

何かを選ぶということは、

何かを捨てるということ。

ハロウィンハロウィンって大人の方が楽しんでない?

自分がこどもの頃に、

ハロウィンがあったからって何かしてた?

っていうくらいハロウィンに全く興味なかった。

男の子だったから余計にかな。

 

それが今や街に行けば、

コスプレしている大人たちで溢れかえっている。

そしてあちこちのお店では

ハロウィンにあやかってあれやこれや。

かくいう自分も仕事柄そんなハロウィンにあやかっているのだが。

 

いつからこんなにハロウィンだからって、

クリスマスとかバレンタインみたいに、

大人子供に影響力を与えるイベントになってしまったんだろうか。

と思ってちょっと調べてみる。

 

火付け役としては、

2000年以前のディズニーらしい。

みんな大好きディズニー…未だに行ったことないけど。笑

そういえば昔CMでよく見た気がする。

ディズニーのハッピーハロウィントワイライトパレード!みたいな。

 

元々日本はコスプレ文化があったのも

ハロウィンに対しての波を後押ししてるんだろうな。

だから考え方を変えると、

ハロウィンイベントじゃなくて、

普段恥ずかしくてコスプレとかしない大人が、

ハロウィンに肖ってコスプレを楽しむイベントって感じか。

完全に大型コスプレイベントじゃん。

トリックオアトリート!ってこどもが言うものだし、

コスプレして街を練り歩いて、

何が楽しいの?っていう。(したことないからそう言えるんだろうけど笑)

集団効果だろうな。

 

自分としては音楽フェスが好きなので、

フェスの際にテンション上がりすぎて、

周りの人とわいわいすることはあるが、

それと同じなんだろうね。

ハロウィンフェス。笑

 

でも本質として、

例えば、

クリスマスならサンタさんがクリスマスプレゼントをくれる。

バレンタインなら女の子から男の子にチョコをプレゼントする。

っていうのがあるけど、

ハロウィンの本質って何?

コスプレをするの?

大人が子供にお菓子あげるの?

そこをちょっとはっきりさせようよ。

はっきりしてないから定着してるようで

国民全員には定着してないんだろうね。

自己開示によるマーケティング、というかプロモーション、いやPRか。

AKB48がデビューしたときから言われている、

「会いに行けるアイドル」っていう戦略は、

本当に優れているなと実感する。

 

今はAKBGに留まらず、

今売れに売れている乃木坂だったり、

坂道G、地下アイドルなど、

会えることが基本となっているアイドルが多くなっている。

 

勝手な自分の考えではあるが、

この会いに行ける“アイドル”は、

今までの❝アイドル❞と会えるだけではないと思っている。

今まではファンと接する方法が、

メディアや雑誌等でしかなかった。

だから見て楽しむものだったものが、

会いに行ける“アイドル”はそれに加え、

本人に会えることから応援したくなるのだ。

 

この応援したくなるということが何に繋がっているのか。

まぁ単純に売上に繋がってるか。

AKBGで分かりやすく言うと、

総選挙なんてやってるもんだから、

アイドル個人を応援するために、

何枚も何枚もCDを購入し投票権を得る。

今年行われた総選挙では総投票数が383万6652票にも上る。

これってすごいマーケティングだよね。

この1回の売上がCD1枚1000円だったとしても、

38億になるんだから。

 

でもそれはGの1人1人が、

ファンに向けてPRしているからだと思う。

そのPRはさまざまだけど、

一番多いのはやっぱり顔面偏差値かな?

あとは握手会等で釣ることだったり。

 

前置きがとても長くなりましたが、

そのPRの1つとして、

自己開示をするっていうことがあるのかなと。

自己開示って、

相手に信用してもらうために、

自分の思いや過去の体験、

軽々しく人には言えないようなことを伝えることで、

相手は自分を信頼して言ってくれたんだ。

という信頼を得る。

 

最近某“アイドル”がそれをやっているのを見かけて、

最初は自分も自己開示云々考えず、

こんなこと考えてるんだ、

頑張ってほしいな。

なんて思っていたんだが、

よくよく考えると、

これも自己開示PR戦略だなと。

 

もちろんその“アイドル”がそういう風に考えてやっている訳ではないだろうし(そう思いたい笑)、

ファンの方もこんな風にPRの一種だなと思っていないだろうが、

普通に見てて応援したくなったし、

頑張ってほしいと思った。

 

面白いのが、

その後のファンの対応が一変したことだ。

SNSでのファンのコメントが、

その内容に合わせたものになっている。

 

いまや、

“アイドル”と言えど、

その言葉の影響力は先人を越えるものになっている。

いつまで働きたいか。

っていうニュースをやっていて、

現在65歳までははたらけるかんきょうがあるわけだが、

それが70歳まで引き延ばされるんだかなんだか。

 

んで街角インタビューでの各年代層の感想としては、

働きたくない。

働けるのであれば働きたい。

お金があるのであれば、働きたくない。

働く必要性(お金が必要)があるなら、働かないと。

などなど。

 

そもそも今の仕事もそうだけど、

なんで仕事をしているのか?

っていうところで答えは変わってくるのかなって思う。

 

働きたくないっていう人のほとんどは、

お金のために仕事をしている。

もしくは働きたい人でも、

理由としてはお金のためにっていう方が多い。

 

自分はできる限り働きたい。

自分の人生を豊かにするっていう点で言えば、

働くことでの新しい世界を見せてくれる、

いつもとは違う世界、

自分が成長できるからだ。

 

まぁそれは歳を取ることによって考え方も変わるだろうし、

ましてや仕事以外での世界もあると思う。

仕事以外での成長もあるだろうしね。

 

考え方は人それぞれだし、

人の考えをどうこう言うつもりもない。

それこそ人生の楽しみ方でしかないから。

 

あなたはいつまで働きたいですか?

知らないということは安心だけど、知らないということは不安で人生を損しているんじゃないかと。また知らないことに自信を持つことは違う。

知らないということは知らないから

生きていくうえで安心、

というか不安を感じないから安心という意味合いだけど、

それっていいことかもしれないけど、

生きていくうえで損しているんじゃないかと。

 

まぁ損しているかどうかを決めるのは、

自分自身かもしれないけど、

そんな狭い世界で生きてていいの?って思ったりする。

っていうのを自分に言い聞かせている。笑

 

だって知らない世界があるってもったいなくない?

世界だけじゃない。

モノだったり、

コトだったり、

方法だったり、

今まで1時間かけていたものが、

1分で終わったり、

世界もどんどん進化していっているし、

一緒に進化しなきゃもったいない。

それは過去のモノコトも一緒で、

自分が先に行ってしまっただけで、

過去のモノコトを知ることで、

自分が進化できる。

 

…でなぜそういう風に思ったかというと、

こういう知らないことが多いなってなった時に、

どういう風にというか、

どう調べたらもっと知識を増やせるのだろうか?

という謎。

 

だってそもそもそれがあるって分かってたら、

ネット検索すればいいんだろうけど、

そもそものそれがあるかどうかなんて知らないんだから、

知りようがないじゃん。

って思うわけですよ。

 

よく入りたての社員に質問したら返ってくる言葉と一緒。

「何が分からないかが分かりません」

全くその通り。

いや、仕事に関しては分かるんだけどね。

どんな内容があるのかを知ること。

 

そうか。

あれもこれもどんな知識が欲しいって、

思ってるから結局どれも分からないのか。

この知識をもっと増やしたいって、

範囲を縮小させて、

そこについて調べればいいのか。

 

知らないことすべてを知ろうとして、

結局どれも知ることが出来ない、

ましてや簡単な方法で知りたがる。

典型的な口だけパターンになってたな。

 

じゃあまずは、

何から掘り下げて知っていこうかな。

なぜグルメ漫画が売れるのか。

ここ数年グルメ漫画というのが、

昔に比べてめちゃくちゃ多くなってる。

多くなりだしたな…

と感じたときに読んでいたのは、

「いつかティファニーで朝食を

見てるこっち側からしたら何が楽しかったんだろうか。

 

やっぱり“食べてみたい”が一番なのだろうか。

考え方としては複数あると思う。

例えば上の漫画であれば、

実在するお店を紹介して、

見た人が食欲をそそられ、

お店に食べに行く。

 

自分が見たことある漫画だと

「おせん」とかは

レシピを載せたりして、

実際に作ってもらう。

 

見たことはないけど、

一般的な家庭食を題材にして、

レシピを載せるような漫画もある。

 

やはり三大欲求である食欲というのが、

グルメ漫画をここまで売れるようにしてくれているのか。

 

これは今の現代社会も関わってきているのだろうか。

料理を知るのに、

親から教えてもらう、ではなく、

料理教室に通う、ではなく、

料理雑誌・本を読む、ではなく、

グルメ漫画

 

他にも

料理屋に行くお金がないから

っていう経済的理由。

 

みんなで食卓を囲み楽しく食べたい

っていう願望的理由。

 

 

こう考えると欲求的漫画には

みんながハマる要素があるんだろう。

だから漫画だけにとどまらず、

性欲に関連するツールは

いつまでたってもなくならないんだろうな。

 

まぁ漫画好きな自分からしたら、

いつか睡眠欲に関連する漫画なんてのも

見てみたいなと思うところだ。