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ありあまる日常

何も感じていないようで、ありあまるほど感じていることがある日常を紹介

小さな嘘が引き起こす問題

昨日転職の中途面接に行ってきた。

話そうと思っていることは前回ブログの通り、

こう聞かれたらこう言おうと、

事前に作成済み。

この内容突っ込まれても大丈夫なように、

一応想定だけはしておこう。

とかとか。

実際面接行くよね。

面接官がすごいのか、

自分の想定範囲が狭かったのか、

想定通りの質問なんてしてこないよね。

ある程度は応えれたものの、

想定外すぎる質問プラス

YESNOでこたえなければならない質問に、

とっさに小さな嘘をつく。

言った後はまぁ分からないし大丈夫か。

って思うけど、

その小さな嘘で後々大きな噓をつかなければならず、

辻褄を合わせの言葉が多くなり、

そしてそんなことないのに…と心を傷める。

マトリョーシカのイラスト「たくさんのマトリョーシカ」

ちょっと違う話で、

最近ハマりまくっている大好きなドラマ「逃げるは恥だが役に立つ

昨日もテレビにかじりつくように見ていたが、

津崎さんが小さな嘘をつく。

みくりの「今どこですか?」という質問に、

津崎さんは「会社です」と言いながら、

実際は取引先の女性とそばを買いに行く。

それを見ているみくり。

まぁドラマだから、

そのすぐ後に2人の話し合いにより解消されるわけだが。

 

小さな嘘っていうのは、

一人ひとり受け取り方が違うということが分かる。

小さな嘘をつく本人は

「まぁ別に大差ないし」「説明面倒だし」

でも相手はどう思うのだろうか。

「なぜわざわざ嘘をつくのか」と疑念を抱く。

また、小さな嘘を擁護するため、

小さかった嘘がどんどん膨れ上がり大きな嘘となる。

 

よく相手を救う嘘もあるとかいうけど、

自分はそんなことはないと思う。

言った本人は嘘をついたと抱える。

言われた本人が嘘だと気づいてしまう。

結局その場しのぎの言葉なんだと。

相手を思う気持ちがあるなら、

相手とこれからもずっと一緒にいたいと思うなら、

それがたとえ小さな嘘でもつくべきではない。

 

…と思いながら、

これからも自分は小さな嘘をつくんだろうと思ってしまうのは、

自分の意志の弱さだろうか。