ありあまる日常

何も感じていないようで、ありあまるほど感じていることがある日常を紹介

何も持っていない

いつも自分は何も持っていないと感じる。

 

誰かには夢が。

誰かには思いが。

自分にはいつも何もないと思ってしまう。

そしてそういうモノを持っている人とは釣り合わないと。

 

夢を持っていたら、

休日でもそれに向かい勉強するなり、

努力するなり何かしらする。

 

自分はいつも何もしていない。

何かを求めてもすぐに諦めてしまう。

飽き性なのだ。

 

本当にしたいと思っていない。

だから最終的に諦めてしまう。

諦め。なんて安易な言葉だろう。

 

人は皆、

何かを求めて生きているはずなのに。

自分は最終的に何を求めているのだろうか。

 

前回のブログにも書いたが、

自分に言い聞かせている好きなもの。

そんなもの本当に求めているものじゃない。

興味のあるものはある。

でもそれはあくまで興味でしかなく、

求めているものではない方が多い。

でも触れなければ求めているものかどうかは分からない。

 

世界は広いし、

まだまだ自分が知らないことはたくさんある。

それをひとつひとつ知る努力を自分はしているだろうか。

コンプレックスだ、

飽き性だとか言って、

現状を変えることを怖がっている。

面倒臭がっている。

 

今のままでいい。

今が楽だから。

 

そんな人生何が面白いんだろうか。

つくづく面倒な心だ。

楽しそうだと何かを始めるのに、

たくさんのデメリットを考え諦める。

 

そんなこと考えず突っ走れる。

そんな自分になりたい。

 

いや、

なるんだ。